なぜBAT肝入りの「グローセンス」は大爆死したのか?

「グローセンス」とは過去に日本で販売されていた加熱式たばこです。発売後すぐに撤退したため、マニアの間では幻の加熱式たばことも呼ばれます。
私は以前フィリップモリスという会社で、加熱式たばこIQOS(アイコス)の担当者としてマーケティングリサーチをしていました。
グローセンスの話をする前に、前提としてたばこ業界についてかいつまんでご説明します。特にたばこを吸わない方にとってはチンプンカンプンだと思いますので。
まず市場の9割は大手3社が牛耳っています。日系企業のJT(日本たばこ産業)、そして外資系のフィリップモリスジャパン(通称PM)とブリティッシュ・アメリカン・タバコ・ジャパン(通称BAT)です。※ブリティッシュ?アメリカ?えジャパン?となりますが、イギリスの企業です。
三国志をイメージしてもらうと分かりやすいですが、圧倒的シェアと国内のプレゼンスを持つ”魏”が「JT」、そんな魏に挑む”蜀”が「フィリップモリス」、そして独自の路線を歩む”呉”が「BAT」。タバコの市場シェアも大体そのような状況で、長い間大きな変化はありませんでした。
しかしそこでまさに”地殻変動”が起きます。そう「アイコス」の登場です。
フィリップモリスがアイコスを全国発売したのが2016年、そこから不動だったマーケットシェアが大きく変わります。
なぜIQOSが爆発的な人気となったのか、それについては話すと長くなるのでまた別の機会に取り上げます。
今回のお題は、三強の一角BATが以前販売していた「グローセンス」です。
正直、加熱式たばこを使っていても「グローセンス・・・って何?」という状態だと思います。それほどまにあっけなく散ってしまった新製品。
売れなかった加熱式たばこは他にも無数にあります。しかし中でもグローセンスはBATが鳴物入りでローンチさせた自信作。当然消費者調査も何度も行っています。しかしなぜここまでうまくいかなかったのか?
私はフィリップモリスといういわば競合の立場でしたが、当時の状況また人づてに聞いた情報を整理して明かしたいと思います。ここから導き出される結果は、市場調査、いや経営を行う上で非常に大事な教訓をはらんでいますので、全てのビジネスパーソン必読です。
当時の状況
(2019年当時)加熱式たばこと一言で言っても、3社のアプローチは異なっていました。フィリップモリスのIQOSは「高温加熱」。ブレードと呼ばれる鉄部分を専用たばこにブッ刺して約300度で加熱するスタイル。一方でBATのglo(グローセンスではなく通常のグロー)はブレードは使わず、たばこを周囲から加熱するスタイル。こちらも比較的高温(約250度)。
一方で異なるスタンスを取っていたのがJTのPloomTECH。こちらは低音加熱(約30度)で、味わいに関してははっきり言えば薄い。しかしすぐに使えることと、IQOSやgloの燻したような味が苦手な人からは好評を得ていました。
そこに目を付けたBATは、高温のgloに加えて低音のglo sense(グローセンス)を発売することにしました。がっつり味わいたい人は通常のglo、気軽に味わいたい人はグローセンスと異なるターゲットを取りにいったのです。
まとめるとこちら↓↓

当時のIQOSは圧倒的シェアを持ち、JTとBATは苦戦。苦肉の策でBATはgloの定価を4980円→980円に大幅値下げするという大胆な手段に出ますが、それでもシェアに大きな変化はありませんでした。
「高温加熱」市場ではIQOSの牙城を切り崩せそうにない。であれば手っ取り早く「低音加熱」市場をまずは奪ってしまおうという魂胆で、グローセンスが発売となりました。PloomTECHのシェアはそもそも高くありませんが、まずはなんでもいいのでシェア拡大を図ろうとしたわけです。
グローセンス発売当時の力の入れようは凄まじいものがありました。特設のウェブサイトを作り、プレスリリースも大々的に実施。カラバリも豊富に揃え、専用のアクセサリーまで出していました。
しかしいざ蓋を開けてみると結果は惨敗。加熱式たばこ市場のシェア1%を取れたかどうかという結果で、ローンチから約一年で市場撤退となりました。
開発費を考えると数百億円単位の損失だったと思います。具体的な開発費などは明かされていませんが、BATは過去に「過去5年間で、次世代製品の開発、拡大、発売に10億米ドル(=約1.5兆円)を投資」と発言しています。ほとんどが(高温加熱の)gloだと思いますが、このうち仮に5%がグローセンスに使われていたとしても750億円です。それが1年も経たずに終売。一体何があったのか?
グローセンス大敗の理由
グローセンスが売れなかった理由は大きく三つあります。
物足りない味わい
これはPloomTECHにも共通している話ですが、低温加熱式の最大のデメリットは「物足りない味わい」です。”まるで空気を吸っているようだ”とまで言われることもある低温加熱製品では、多くの喫煙者を満足させることができませんでした。
ここで俯瞰して市場を見ると、グローセンスが獲得できる消費者は三種類いました。①紙巻たばこ喫煙者、②高温加熱式たばこ(IQOS)利用者、③低温加熱式たばこ(PloomTECH)利用者です。まず①の人を取るのはほぼ不可能であることはお分かりだと思います。では②の人はどうかというと、味わいを求める人は②のままですし、低温でもいいという人はすでに③になっています。そして③の人たち(これが最もパイが少ないですが)はどうかとうと、多くが③に留まったままでした。それはなぜか?
値下げによるブランド毀損
gloの値下げは確かにプライスセンシティブ(値段を気にする)層を一定取り込むことはできました。しかしながら製品戦略において最も大事な「ブランド」を大きく毀損してしまいました。
たばことはおもしろい商材で、食品や日用品のような消費的側面に加え、腕時計や車と似た高級ブランドの側面も兼ね備えています。例えば腕時計はブランド問わず「時間を示す」という機能は全く同じですが、どういった時計を付けるかがその人の人となり(ステータス)を暗示するため、人によっては数百万円する高い腕時計を着けます。(機能は100均の腕時計と大差がないのにです)
一方でたばこは、味わいの違いももちろんありますが、それ以上に銘柄の違いが意識されやすい消費財でした。そしてそれが「加熱式たばこ」の登場で加速しました。紙巻以上にどの加熱式たばこを吸っているかが喫煙所で見られるからです。同僚皆がIQOSを吸っている中ひとりだけgloを吸っていれば浮きます。ただそれがgloの良いブランドイメージが維持できていれば問題なかったのですが、度重なる値下げの結果、glo=安物の加熱式たばこブランドという認識が定着してしまった。そのためPloomTECHからの移行も思うほど進みませんでした。
PloomTECHはJTの総力をあげてプロモーションを行い、かつたばこ部分のブランドにはメビウスやピアニッシモといった紙巻たばこのブランドを使うことで、可能な限り紙巻からの移行のハードルを下げることに努めました。一方でグローセンスのたばこブランドは「neo」というgloのブランドであり、多くのユーザーにとって親しみがないブランドでした。これでは移行が進まないわけです。
見た目がかっこよくない
もう元も子もありませんが、見た目が受け入れられなかった。PloomTECHが細いタイプだったので、グローセンスは差別化を図り膨らむ形状にしたと思いますが、消費者からは不人気でした。今でも忘れられないあるグループインタビューでは、グローセンスを見た喫煙者からは「カメムシみたい」「キテレツな見た目」と散々な言われようでした。。
加熱式たばこはある種ユーザーのステータスを示すものです。確かにメジャーなIQOSではないものを使って「自分は普通とは違うんだ」と示したいユーザーもいます。しかしそんな人でも「安物しか買えない人」「かっこよくないものを使っている人」とは思われたくありません。結局人は「お金をもっていそう」「かっこいい」と思われたいですし、そのためであれば多少高くても買います。
グローセンスはブランドや見た目といった根源的なニーズを軽視してしまい、表層的に「高温」「低温」というトレンドで市場を見てしまった結果誕生した、加熱式たばこ史上最も残念な子どもだったのです。。
進むことだけが勇気ではない
当然BATも市場調査に莫大なお金をかけており、事実グローセンス発売前からある程度予測はできていたのではないかと思います。これは知人から聞いた話ですが、どうやら市場調査の結果がどこかで揉み消され、あるいは歪曲され、良い結果だけ上層部に伝えられた気配があるとのことでした。
本来商品を客観的に判断するための市場調査が、結果ありきのものとなってしまい「良い部分だけ」がレポートされていたのです(外資系企業の方々、耳が痛いのでは・・?)。その結果グローセンスは、一部の人は失敗することを認知していながら、発売に至りました。
またグローセンスに費やした費用を考えると、たとえ消費者調査で悪い結果が出たとしても発売しないわけにはいかない、なぜなら莫大な投資が無駄となってしまうから!というプレッシャーが働いていたことも容易に想像できます。
「ここまでお金と時間をかけたから、結果が伴わなくても続けるしかない」という心理は、昨今だとスマホゲーム開発などでも話題となっています。人間は根本的に損切りが苦手なのです。「もしかしたらヒットするかも・・」という根拠のない希望にすがりたくなる。しかしその結果さらに傷口を深くしてしまうのです。早めに切り上げればもっと傷は浅く済んだのに。。
その点良い事例として思い出すのは、ダイソンの電気自動車事業からの撤退です。ダイソンは約5年間電気自動車の開発を進めていましたが、あるタイミングでプロジェクトの中断を決断しました。
「開発中止の決断は断腸の思いでした。何百人ものエンジニア、科学者、デザイナーがすべてを注ぎ込んできたこのプロジェクトは、エンジニアリングの大きな成果だったからです」と、ジェームズ・ダイソンはのちに振り返っている。

ダイソンの作る電気自動車を見てみたかったという個人的な思いは置いておいて、この判断をできる経営者はすごいなと思いました。
莫大なお金と、時間と、ある種他人の人生の一部をかけてまで作った製品を、完成を目前にして中止させる。普通は発売まではさせてあげたいと思うのが人情かもしれませんが、そうすれば会社の利益はさらに減り、本業である掃除機にもお金を回すことができなくなり、最悪の場合船全てが沈んでしまう・・・と考えたダイソンは、「生き延びるためなら腕一本切ってでも生き延びる」というただならぬ決意で決めたのではないでしょうか。
しあしこれはダイソンのような創業者だからできた判断かもしれません。外資系メーカーの社員にとって大事なことは会社の浮き沈みではなく、自分が出世できるかどうかです。グローセンスの失敗で会社が影響を受けるほどBATは小さな会社ではありませんが、少なくとも担当していた幹部にとって「発売しない」という選択肢は無かったのが現実だと思います。
たとえ失敗することがわかっていても発売しないといけないこともある。この辺りは大企業独特の力学というものがあります。
新商品を出すことはエキサイティングであり楽しいことですが、場合によっては「出さない」と決断することが正しいことがある。たとえ発売目前だったとしてもです。これについては社内でGoかNot goかの明確な基準がなければ難しい。市場調査で、この閾値を超えたら「発売」、超えなければたとえどんなに準備を進めていても「発売しない」という共通した基準を設定することで、発売後の失敗確率を下げることができます。
ともあれ大事なことは、「やめる」という決断に導くのも市場調査の大事な役割であり、また経営判断においても非常に重要な視点であるということです。
10万円する赤ワインを注文してそれがめちゃくちゃ不味かったとき、それを飲み干すまで飲み続けるか?それとも一口で飲むのをやめるか?結論それで優れた経営者かどうかがわかるということです。
お読みいただきありがとうございます。
現在私は商品開発に特化したマーケティング会社「商品戦略」を経営しています。【本当に価値のある調査で、市場で勝てる商品作りを】をモットーに、既存の枠にとらわれない手法で御社の商品開発をご支援いたします。
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商品戦略 代表・吉野
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